双柿舎(そうししゃ)坪内逍遥の邸宅を見学日曜のみ・逍遥のすべてを知るなら

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坪内逍遥双柿舎の門から母屋へ

JR来宮(きのみや)駅の南にある明治の文豪 坪内逍遥(つぼうちしょうよう)が晩年住んだ邸宅を見学してきました。

来宮駅からは徒歩で3分ほど、日曜と2月28日(逍遥記念祭)だけ見学できます。

時間は10時から午後4時まで

坪内逍遥双柿舎の開館日時の看板

坪内逍遥にうとい人でも、案内人さんが詳しい解説をしてくれるので、当時の熱海の様子や住まい方、ご夫婦の人柄などを垣間見ることができ、

シェイクスピアの作品への思い入れや庭木をこよなく愛しお手入れされていた様子なども知ることができます。

入り口には「早稲田大学双柿舎のご案内」という看板で建造物や逍遥の概略を知ることができ、ここをちらっと読んでおくと一層理解がふかまります。

坪内逍遥双柿舎の入り口にある解説看板

とりあえずの知識ゼロでしたが、静かな佇まいに心が落ち着く場所でした。

 

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双柿舎(そうししゃ)のいわれ

門を入るとすぐに女性の案内人さんが招いてくれます。

坪内逍遥双柿舎の看板

門の説明をしてくださり、母屋(本宅)への石畳をいくと、すぐに男性の案内人さんが待ち構えていて、ずっと解説をしてくださいました。

坪内逍遥双柿舎の門から母屋へ

この住まいは坪内逍遥が自身で設計して、20年近くを過ごした記念建造物です。

建造物のみならず、庭のたたずまい、泉石の配置、樹木や花の配置についても、細心の注意を払って作り上げたものだそうです。

双柿舎の命名の元になったのは、庭にあった古い二本の柿の木で、この老木にちなんで「雙柿舎」と逍遥が命名しました。

ここは後ろ側に山々があり、眼下には熱海の海と市街が広がる景勝地です。

大正9年にここに居所をうつして、昭和10年77歳でなくなるまで、奥様とともにお住まいになりました。

ここでシェークスピアの全訳を完成させました。

 

坪内逍遥双柿舎の母屋の様子

母屋の玄関の様子です。両脇の部屋の方が張り出していて玄関がくぼんでいます。

ヨーロッパの建造物のような建て方です。

坪内逍遥双柿舎母屋の玄関

母屋の奥の部屋でご夫婦が使われていた居間です。

坪内逍遥双柿舎母屋の庭側の部屋(ご夫婦の居間)

ここからは熱海市街や海が見渡せます。

廊下の上に飾られた、弘法大師様の書

坪内逍遥双柿舎庭側の廊下に飾られた弘法大師の書

いただいたパンフレットと、双柿舎が建てられた大正9年頃の熱海の地図です。

ほとんど建物がないくらいで現代とは程遠い様子です。

坪内逍遥双柿舎の建てられた大正9年頃の熱海

 

坪内逍遥双柿舎のお庭の様子

坪内逍遥が一木一草にまで心を尽くしたというお庭。

真ん中にあるのが古い柿の木で、台風によって倒れてしまっています。

その向こうに逍遥の書屋、書屋で長い時間書き物をされていたそうです。

双柿舎の母屋から見た庭にある古い柿の木

庭と左手に逍遥の書屋、右手にあるのが離れ

坪内逍遥双柿舎の庭にある離れと書屋

逍遥の三回忌に、奥様が建てられた筆塚。

坪内逍遥双柿舎の筆塚

 

坪内逍遥双柿舎の書屋で拝見できるお写真

双柿舎の書屋は昭和3年に完成した建物で、和漢洋を折衷した建物でちょっと風変わりです。

坪内逍遥双柿舎の書屋

これも逍遥の自らの設計といいます。

塔の胴体と屋根は和を、勾欄と亀腹は漢を、屋上のバトルメントは洋を表現しているそうです。

この建物の中には日付を書き込んだ写真がいくつも飾られ、また逍遥の年表もあります。

この書屋と逍遥さんと仲間の皆さんの記念撮影。昭和4年なので建物が建って1年後ですね。

坪内逍遥お仲間の方たちと書屋で記念撮影

若き日の逍遥ご夫妻

坪内逍遥双柿舎の書屋にある若き逍遥夫妻写真

昭和10年の最晩年のお写真などなどが飾られています。

坪内逍遥お写真晩年

また書屋の入り口にある二頭の小羊。小羊=こひつじを「しょうよう」と読んでご自身?を表しかわいがっていらしたそうです。

坪内逍遥双柿舎の書屋の入り口にある小羊の石像

解説をお聞きしながらの見学で、30分から1時間程度です。

日曜日と2月28日にしかやっていません。無料です。静かな時間を過ごしてきました。

熱海が最も栄えていた頃の熱海駅付近の様子など→熱海駅と駅前商店街と家康の湯・芸者で栄えた頃

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(よっちゃん)

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