多奈波太(たなばた)神社の珍しい「乳イチョウ」七夕祭り・安産縁結び(名古屋市北区)

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名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の乳イチョウアップ

これが「多奈波太(たなばた)神社」にある、珍しい「乳イチョウ」です。間近でみたところ。

イチョウの枝から「瘤(こぶ)」として下に垂れている様子が、女性の乳房のような形、乳のようだということでの命名です。

「安産や豊かな母乳を願う女性に是非お参りして頂きたい」と神社にありました。安産祈願の方が増えているみたいです。

「多奈波太(たなばた)神社」という名称も全国的にとても珍しいかと思います。

 

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「多奈波太(たなばた)神社」の由緒

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社石碑と鳥居

名古屋城から北北東に距離で1キロもないところに多奈波太(たなばた)神社は位置しています。

戦国時代に織田信長による焼き討ちで、社殿とともに伝書などを焼失したとされています。

創建年代は不明。

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の由緒解説

多奈波太(たなばた)神社は、平安時代に編纂された「延喜式」に「山田郡多奈波太神社」と記される格式の高い神社だそう

主祭神は、天之多奈波太姫命(天之棚機姫命)です。

「尾張名所図会」にも「田幡村にあり七夕の森といいて、例祭7月7日燈をかかげて諸人参詣す」とある。

昔からの例祭風景が、七夕祭りとして現在も続いている。

社殿は昭和20年5月の空襲で焼失し、昭和39年に現在の木造銅板葺に復興再建されました。

石の鳥居をくぐると、

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社本殿

清掃のいきとどいた境内、目の前に本殿が建っています。

安産祈願、縁結びや夫婦円満を祈願されにいらっしゃるようです。

普段は閉まっています(お賽銭をいれるところはあります)。例祭の時だけ開きます。

石の鳥居をくぐる前に、そばにたっている看板にも目がとまります。

「乳イチョウ」のことがかかれています。

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の乳イチョウについての説明

読んでみると・・・「イチョウは柱状の「こぶ」(乳垂)ができることがあり、霊力の宿る神木と言われます

多奈波太神社の乳イチョウは樹齢が若いにもかかわらず、多くのコブが垂れ下がっており珍しい存在です。

この乳イチョウの生命力にあやかり、健やかで豊かな母乳に恵まれたという逸話も聞かれ、参拝の皆様の健康と幸せに役立てば幸いです。」とあります。

 

多奈波太神社で乳イチョウにあやかる

多奈波太の乳イチョウは、石の鳥居をくぐって本殿に進むと、本殿右手にあります。

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の乳イチョウ

さきほどと同じ解説が書かれています。

この乳イチョウは、写真右の大きないくつもの垂れ下がるこぶのところで、地上160センチほどの高さです。

幹も太くなく、若い木であることがわかります。

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の乳イチョウ

少し下がって乳イチョウを見ると、こんな風に、右方向に延びる枝に、太く垂れ下がっているこぶが見えます。

アップで見ると、

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の乳イチョウアップ

こんな風です。じっくりと拝んできました。

5月下旬なので、青々としたイチョウの葉が目にしみます。

名古屋市北区多奈波太(たなばた)神社の御神木

そしてこの「乳イチョウ」の木の左側に、多奈波太神社の御神木が立っています。

第二次世界大戦の際に、神社の敷地に高射砲陣地が置かれ、「七夕の森」と呼ばれた鎮守の森の多くが切り払われたそうです。

そして名古屋城天守閣が焼かれてしまった昭和20年5月14日の名古屋大空襲で社殿が消失。

現在の社殿は昭和39年に再建されたものです。

 

多奈波太神社(名古屋市北区)の一番にぎわう例祭

例年8月7日(七夕旧暦)には、大きな祭があります。

夕方からは縁日で夜店などもあり1年で1度一番賑わう例祭です。

近くの方は行ってみてね!

多奈波太神社 愛知県名古屋市北区金城4−13−17(年中無休)

最寄駅は、地下鉄名城線「名城公園」駅から徒歩8分

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