長篠設楽原の戦い織田信長本陣あとからの景観・長篠設楽原PA(愛知県新城市)

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡の看板

長篠設楽原パーキングエリアにある「織田信長戦地本陣跡」

小さい山(数十メートル)なのでのぼってみた。織田信長と同じ位置で景観を眺めることができるところです。

長篠設楽原の合戦解説

長篠設楽原の合戦が繰り広げられたところで、信長の陣が置かれていました。(ピンぼけですみません)

 

スポンサーリンク

長篠設楽原PA「織田信長戦地本陣跡」はこんなところ

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡の馬防柵

ふもとには「馬防柵」が作られています。

解説には「1575年 長篠設楽原の戦いで 武田騎馬軍団の進撃を阻止する馬防ぎの柵で、織田徳川連合軍は陣地の前にこの柵をめぐらし、鉄砲隊を並べて待ち構えました。

馬防柵に押し止められた上に三千もの火縄銃が絶え間なく火を吹き、武田騎馬軍の惨敗で終わりました。

近代兵器鉄砲が伝統的な馬と刀の戦法にとって変わった、決定的な瞬間でした。」とあります。

しばらく上ると、本陣跡です。

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡

こんもりとした木々におおわれるように静かなところです。

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡にある神社

神社もあります。

長篠設楽原の合戦戦地本陣は茶臼山との看板信長の本陣は、茶臼山にあったとのこと。

ここは設楽原へ進出した際の、織田軍の第二本陣。城山と呼ばれているそうです。

織田軍の布陣は東側台地、徳川軍の布陣はその南端、武田軍の布陣地は見えない。と。

 

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡からの景観

長篠設楽原の合戦で信長本陣跡地からの景色

織田信長が布陣した際に、采配をとった場所からは山と木々ばかりの場所だったでしょう。

信長さんが見た景色、今はこんな風です。

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡からの景観

長篠設楽原パーキングエリアを見下ろしてます。

長篠設楽原の合戦信長戦地本陣跡からの景観遠景

遠くに渥美半島と三河湾が見えます。

新城市街と吉祥山が見えます。

ここは整備されて間がないので、とてもきれいな道で、手すりもありますよ。

新東名高速道路の長篠設楽原パーキングエリアに来たら、ぜひ行ってみてくださいね。

長篠設楽原パーキングエリアの武将グッズなどはこちら⇒「新東名の長篠設楽原PA・戦国テーマパークみたい武将グッズばかり

 

スポンサーリンク
愛知県三河
スポンサーリンク
プロフィール
この記事を書いた人
よっちゃん

着付け師範として着物着付け教室を運営。温泉が健康にいいとスーパー銭湯や温泉巡りが趣味。温泉ソムリエの資格取得。旦那でカメラマン、運転手役のゴロマルとドライブしながら観光情報などお役立ち情報をまとめています。

よっちゃんをフォローする
よっちゃんをフォローする
なごやねっと-na58.net-

コメント

error:Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました