苦節16年の丹那トンネルに思いをはせる(熱海市熱海梅園のそば)

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熱海丹那トンネルの救命石

熱海市の熱海梅園に来たところ、駐車場のそばに「丹那トンネルの慰霊碑」や「丹那神社」があることを知りました。

丹那トンネルは、現在のJR東海道本線(東京~神戸間)の熱海駅と函南(かんなみ)駅の間を結ぶ全長7808mの長いトンネルです。

1934年(昭和9年)に開通して以来、今も現役で活躍しているトンネルです!!

7キロ超えのトンネルが大正時代に計画され、開通するにあたっては、数々の大きな困難を抱えての大工事だったそうです。(これより長い恵那山トンネルが1975年昭和50年に日本一長いトンネルになりましたが、技術レベルは全く違っていたはずですね)

事故でおなくなりになった方もあり、負傷された多くの方たちの犠牲があって開通した丹那トンネル、慰霊碑などがありますので熱海梅園のついでに立ち寄ってきました。

 

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熱海丹那トンネルの工事の様子

丹那トンネル工事の写真昭和2年

写真で残されているもののいくつかが抜粋されていました。昭和2年のものだそうです。

そばには丹那神社があり、工事犠牲者の67柱がまつられています。

熱海梅園そばの丹那神社

丹那神社によると「延長7807mの複線トンネルという当時としては国内最長、まさに世紀のプロジェクトというべき大工事であり、地質や豊富な湧水により、工事は難航を極め、工期は16年(当初計画では7年)、総工費2500万円、掘削量627,000立方m、延べ従事者数250万人という大規模な工事でした。」

これはトンネルの上に置かれた「丹那トンネル殉職碑」です。完成までに6回の大事故があったそうです。

熱海丹那トンネルの殉職碑

「救命石」も置かれています。大正10年の4月の崩落の際、この大石が引っかかって大勢の命をすくったということです。

熱海丹那トンネルの救命石

熱海は温泉の湧く風光明媚な地域ですが、岩と山と落差の激しい地形、そして豊富な湧き水があるため、トンネルそのものが大博打のような危険を含むものだったのですね。

このトンネルの開通で、「走行時間は40~50分短縮され」、「石炭消費量が従来の3分の1に、また運転コストも年間90万円削減された」そうです。

また、熱海の地にとっては、首都圏とストレートにつながる路線が開かれたことで、全国有数の観光地に発展していく礎となったことが繁栄のきっかけなのですね。

 

熱海の水力発電

熱海では豊富な水量を利用して水力発電が早くから行われていたそうです。

丹那トンネルの慰霊碑と同じ場所に、水力発電の歴史についても残されていました。

明治28年の熱海の水力発電所の様子。

熱海明治8年水力発電の様子

落差を利用して、来宮神社横の初川を活用したもの。

明治28年10月に、日本で8番目に送電した発電所だそうです。

熱海水力発電所由来

熱海の旅館や民家に300灯送電したとなっています。

これらは熱海梅園の一般駐車場のすぐ川下にあります。梅園に行ってみて気がついたので、素晴らしい観光地熱海ができる初期のころの様子をかいまみることができました。

◆記憶があやふやな部分もあると思いますので、正確なことは丹那神社のHPなどを参考にしてください。→丹那神社の紹介している丹那トンネル

 

熱海梅園は満開の梅、2月10日の様子はこちらに書きました→熱海梅園・園内の様子2月上旬は見ごろのピークです

黄色いジャンパーのボランティアガイドさんに案内していただきました。

熱海梅園内の梅の様子ボランティアガイドさんと

 

(よっちゃん)

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